** 私の生きる道 **

社会的養護を考える人です。社会に伝えたい事。

心と心で繋がると言うこと〜サヘル・ローズさんの講演会に参加させて頂いて〜清瀬市

昨日11月17日金曜日、清瀬市にある児童養護施設子供の家の施設長の早川先生のFacebookでの呼びかけでこの講演会を知り、参加させて頂きました。

きっとまとまった記事には出来ないだろうと予想しながら、思いのままに感想をまとめたいと思います。

 

児童養護施設の職員としての立場を離れ2ヶ月が過ぎた今の私は、今何をしているかと言うと、某大学内のコンビニのアルバイト。大学生と多く触れ合う事の出来る職場で元気と英気をもらいながら、身体を動かして走り回っています。なんと2ヶ月で5キロ痩せた程です。それ程没頭しながらもずっと施設の事は私の頭の中にあり、12月のあの二人の小・中学生の誕生日には、また誕生日カードを送るつもりです。まだ離職の決意はなく、休職中となっています。

また、Twitterで知り合った施設の高校生との交流も欠かせたくない事の一つです。

来週、逢いに行きます。まだ二度目です。新幹線に乗らないと行けない距離なのです。安らげる時間が少しでも作りたい一心です。この子に対しては何か特別な感情があり、サポートに終わりはない事を感じています。

そして、下の息子がちょうど大学受験生となり、あと3ヶ月、彼の大事な時期を支える事も大事な母親業です。それが終わらない事には、私の子育て人生は終われない。

その間、保育士資格を取る為の試験を2度受け、残るところあと1科目となりました。

その勉強も今の内に並行してやって行きたい。

 

そんな今日この頃、特に社会的養護について前向きに本を読んだりする余裕のない中、今の私の気持ち、心の中にあるものを確かめたくて、或いは自分を戒めたくて、この講演会に参加させて頂きました。

 

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私はテレビをあまり観ないので、サヘル・ローズさんの事はあいにく存じ上げませんでした。1985年、イランで生まれた彼女は4歳で全家族を失い、幼少時代を孤児院で過ごし、その後7歳で後に養母となるフローラさんと出逢いました。その後引き取られ、8歳の時に日本に居るフローラさんの夫を頼って来日。ですがその後、母子だけの生活になります。

まず、思ったのは、イランで言う当時の孤児院と今日本における児童養護施設とは少し違うものがあるかもしれませんが、おおよそ似ている事、里親になる条件なども。

イランも施設に居られるのは18歳まで、里親の条件も両親が揃っている事、経済状況(裕福であること)、あと日本と違うのは、子どもの産めない母親であること。フローラさんは健康体だったけれど、サヘル・ローズさんを引き取る為に、産めない身体になりました。その覚悟はいかなるものだったでしょう。親戚中に反対され、縁を切られました。

フローラさんの思いを考えたら胸が熱くなりました。

その後も想像を絶する苦難があるのですが、この血の繋がりのない母子がどうやって心と心が繋がって行くか、今サヘルさんはフローラさんのことを自分にとって神様と表現し、フローラさんへの絶大なる愛と感謝を感じましたが、感謝の気持ちが生まれるまでには長い長い時間がかかると言うお話、とてもリアルに理解出来ました。

私も30代の時に養子(男子)を7年間育てたことがあります。様々な葛藤と苦悩がありました。それは子ども側も同じように二人で共に苦悩していた時間だったと思います。時に心が繋がった瞬間を感じ、時に離れる瞬間を感じ、そうして訳あって7年で生き離れた訳ですが、きっと本当の心と心の繋がりはまだまだ遠いその先にあったのだろうと今は思います。彼に対しては、言葉では言い表せられない思いを今感じます。

 そして、娘は母親の好む娘像を演じると言うこと。この傾向は、実母との間でもあることですからサヘルさんの場合はそれ以上に苦しかったことだろうと思います。特に中高生時代は、その苦悩に苦しみます。私もそうでした。

サヘルさんがようやくフローラさんに本音が言えたのは28歳だったと。

とてもよく分かる気がします。

今後のサヘル・ローズさんのご活躍に期待したいです。このような美しく綺麗な心を持った方が、容姿からは想像も出来ないような体験をして来られたこと、そして、周りの人たちの温かくてさりげない手の差し伸べ方。決して他人事ではなく、そのように生きてきた、生きている人たちが今も居ると言うこと。よこしまな目でそれを見ないで欲しいと言うこと。

サヘルさんの最後の「自分の身幅に合った一歩を踏み出して下さい」と言う言葉が心に残ります。私に何が出来るか。これからも考えたい。

きっと私がずっとネックなのは、実子が居ることなのです。

実子が居る私を信頼してくれる子どもは居るのか、フローラさんのように「あなただけの私だよ」と言えない自分が居て、誰かを支援した時、中途半端に傷付けないのか。

私は息子達との父親とは離別もしたし、その後亡くなったので、今はシングルだし、経済状況も良いとは言えないから里親にはなれない、と言うけれど、それはもしかしたら言い訳で、実子以上にどこまでその子の為に命をかけられるかだと。

フローラさんには心から敬意を表したいです。

もう一つは、一人を救えたらそれで良いのか?救うと言う表現はおこがましいですが、何万と居る淋しくて傷付いて、苦しい思いをしている子ども達が居る中で、たった一人、されど一人の人生、一人のサポートだけでも長い年月がかかる事も分かっている中、それだけでいいのか。今の私はどこに焦点を置けば良いのか考えているのかもしれません。

本当は、一人一人に対して、全力で抱き締めてあげられる人が、一人に一人必要なんです。それが分かっているから。これ以上、新たな傷付く子どもを増やしたくない。

私の身幅に合った一歩って何なのか。

区の子育て支援センターのスタッフに在籍していた時期があります。体調不良を理由にたった2ヶ月で辞めました。引き止められましたし、求職と言う形を勧められました。

でもきっぱりと退職しました。何故か。

そこでの子育て支援は、決して善意でやるものではなく、体裁上のものだと分かったからです。そう感じてしまった私が居ました。施設の外で利用者とバッタリ会った時、そっと目をそらして、決して言葉を交わさない事、と言われました。何故?

もしたわいもない会話の中からそのお母さんが本当に悩んでいたり困っている事が分かれば、そこでこそ子育てサポートは成立するのではないのか?など疑問だらけでした。

そこで私がやりたい事はないと判断しました。

それと、私は育児サークルが苦手です。でもそのような子育て支援センターでは、育児サークルを勧めます。人によって、求めるものは違います。だから育児サークルを否定している訳ではないです。ですが、自分が利用した事がないものを勧められない。

スタッフはお母さんの相談に乗ってはいけないと言われました。一番上の責任者に繋ぐだけの役割。そしてその責任者に善意を感じられなかったので、私には物足りなかったのです。

それから4月から厚労省が定めた子育て支援員の資格があると言うので早速講習会を受け、そこで早川先生(講師をされていました)と出会った訳ですが、国の定めた講習会だけでは、時間的に全く物足りませんでした。私はもっともっと早川先生のお話が聞きたいと思いました。早川先生には個人的にとても感銘を受けました。更に社会的養護の世界に入りたいと思ったのです。

その後、現場に入るしかないと思い、児童養護施設の職員になりました。

そして現在は休職中です。その施設には色々な疑問をぶつけ、相談して行きたいです。

色々な形で、子育て支援(傷付く子どもを増やさない)活動を、これからも模索して行くのかもしれません。

 

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 とてもとても長い記事になってしまいました。

話がかなりそれてしまっている部分もあります。

 

サヘルさんの「願い続けば必ず叶う。背中を誰かが支えてくれている。」

それを実感出来るようになるまでは、私の夢は消える事はないのかもしれません。

 

 

そして、もう一つ、ここに記しておかなければならない事があります。

冒頭のシンポジウムの紹介に載っている福澤孝晴さんの事です。

彼は、都内児童養護施設で生活しながら東大進学を目指しているそうです。

内閣府で社会的養護における教育水準向上を提言するなど、当事者活動にも熱意を向けておられます。私は彼にお逢いしてみたかったのです。

息子と同じ年代の福澤さんの3つの言葉。

1、教育の格差が大きいこと

社会的養護には思いの他奨学金制度などは充実している。けれど、お金の使い方の柔軟性がもう少しあれば良いと思う。

2、居場所

児童養護施設で暮らし始める時期はそれぞれ。中学も転校になる。学期の途中で突然転入生として新しい中学校に通い始める事が多い。打ち解けにくい。

3、周りの人達の受け止め方 

自分が施設で暮らしている事をカミングアウトした時、周りに引かれる。タブーのように取られる。受け止めてくれないと感じた。

 

これらは本当にそうだろうと思うのです。

たった2ヶ月ですが児童養護施設の職員をしていた時も何だかお金の使い方、かけ方のバランスに違和感がありました。個別対応のどんな高い塾でも塾代は全額国から補助金が出るのに被服費が少なくてボロボロの下着をつけたまま、、とか。習い事もしたがっている子が居ましたがそれは叶わず、塾代なら出ました。勉強だけじゃないと思うのです。その子がやりたい事を叶えてあげる事に補助金奨学金を使ってあげて欲しい。

そして、2と3は似てるかもしれませんが、周囲への理解を深める必要性。

これはずっとずっと私が言い続けてる事です。

社会全体で受け止める事。どんな生い立ちをしている人が居るのか、それぞれを知識がないばかりに先入観や偏見で見ないで欲しい。

ある程度の事は知っていて欲しい。当たり前の事として。

そして、人として、どうあるべきか、社会全体で考えて行けたらと思います。

 

福澤さんは若い高校生ですが、とても聡明な方でした。

質問が出た際の受け答えもすごく分かりやすくしっかりとした考えを伝えられる人。

是非とも大学受験を成功させて、今後、志の職に就いてもらいたい。

心から応援したいと思いました。

こういう若者を見ると、社会的養護に明るい未来が見える気がします。

 

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兼ねてから色々相談をさせて頂いて、それに対して誠実にお応え下さる、大変お世話になっている早川先生にお礼のご挨拶がしたかった事もあり、清瀬に行けて良かったです。朝は仕事があるし、少し遠いし時間も遅いので少し迷いましたが。

清瀬市って素敵だな、と思いました。

私の暮らしている町もきっと色々な課題があるのだろうと思います。

区の子育て支援センターに在籍していた時も私は、「ここに来れている人はまだ良いのです、ここに来れない人がきっと居るはず。困っている事を言えない人がいるハズ。」と訴えていました。「どうすればそのような人達がここに来れるようになると思いますか?」と問われ、その時すぐに返答出来る課題ではありませんでした。

今でもその答えは分かりません。

 

困っている人のお役に立てたら・・・と切に思います。

私の身幅、身の丈に合った支援がどう言う形なのか、模索の日々です。 

 

 

 

長々と時間を割いて最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

児童養護施設職員を休職して2ヶ月が過ぎ今思うこと。あの時間は何だったのか。そしてこれからのこと。

前回の投稿から既に2ヶ月以上が経っています。

その間、何をしていたか・・・。

児童養護施設の現場を一度離れ、そこの職員の方と連絡を取り合いながら、

今後のことについて考えていました。

施設名を明かす事は出来ませんが、とにかく私は志半ば、いえまだまだこれからと言うシーンで離れなくてはならなくなった事が残念でならず、本当にそれがベストなのか、

子ども達にとって私にとってどうなのか、と考えました。

 

その施設での問題点を園長、副園長にも話しました。

私なりに気付いた事は伝えておきたい。どこまで響いたか分かりませんが、

理解はされておりました。でも、実際はそこのところをどうする事も出来ない現実もあるのが分かりました。また話をしに来てくださいと言われましたが、それ以降足を運んでいません。あの方達にそれ程の問題意識を感じませんでした。

 

要するに人材です。

新しく児童指導員になろうとする人が居ても定着率が今まで低かった為、

指導出来るまでの人材が足りない。そのシステムも出来ていない。

現場は放置です。言ってみれば、その職員に任されています。

児童養護施設での子どもとの関わりは、そんな生半可なものではありません。

いくら福祉の知識があろうとどんな資格を持っていようと

通用するものではありません。

そんな中、アドバイスが必要な時もあるし、職員自身の負っているものを半分背負ってあげられるような先輩職員の存在も必要です。

 

日々の子ども達の言動に追われるばかりで、その施設には何の余裕もありませんでした。そればかりか、必要な知識のない職員が殆どでした。

 

こんな新米の私でさえ感じた事です。

その場所で今後、復帰して続けて行けるのかどうかは疑問だらけです。

私は施設に入ったら必ず「闘う」シーンがやって来ると思っていました。

それは古い職員体質に対してです。

子ども目線ではない施設が多い中、子ども達の嘆きばかりが目に付きます。

どうにかそこに違う流れを送りたかった。

施設とは懸け離れた別の数々の仕事をして来て、子育てをして来て、

義理の家族との暮らしの空気感や苦労を目の当たりにもして、

私と言う人間が思う事。それは全て私の経験から来るものです。

100人居たら100人が違う人生を送ります。

だから100人分の価値観が生まれます。

その中で良い知恵を寄せ合って、問題意識を持ち、施設で暮らさなければならない現実の中を懸命に生きている子ども達のお役に立てたら、と思っていました。

でもそのように考えて職務を行っている職員がどれだけいるでしょうか。

 

分かってはいましたが、広くは日本の福祉社会に於ける失望をしてしまいました。

 

その後も社会的養護について考えない日はありません。

今は、Twitterで知り合った女の子の支援をしながら、また、少しずつ動き出そうとしています。そこには数え切れない程の問題があり、自立支援もそうですが、今私が最も注目しているのは、やはり児童相談所なのです。

 

全ての権限は結局そこに委ねられていて、親に会いたくても会えない、子どもに会いたくても会えない人たちの嘆きをどれだけ見て来た事か。

なぜそのようになってしまうのか。行政的なマニュアル的な内容で括られているだけだと思っています。

 

何かしらの会えない理由があるのだとしたら、子ども達にどのような説明がされているでしょう。そしてそれは一体どんな理由でしょう。

子どもの年齢にもよります。ここはもう専門職の領域です。

けれど、実際は、保護され施設に入ったらもうそこで一旦終了。

親子関係の修復にどれだけ児相、施設が気持ちを費やしているでしょう。

引き離してその後が一番大切なのです。

子どもに会いたい親がどれだけ居るか。親に会いたい子どもがどれだけ居るか。

数値では計れないその淋しい感情を、施設や児相の職員はどれだけ自分の事として考えられているでしょうか。

 

私が居た施設でも居た期間が短い為事例は少ないですが、数々の疑問を感じていました。この子が何故こんなにイライラした日々を過ごさなければならないのか。

本人が何故ここで暮らさなければならないのか、理解をしていませんでした。

きちんとした説明がなされていないのです。

子どもは被害者以外の何者でもありません。

大人にとっての1週間、1ヶ月、1年間と子どもにとっての時間の流れは違います。

1年以上も知らない土地の施設に入れられ、親の誰とも会えないなんて、子どもにとってこれ程の苦しさがあるでしょうか。

暴言、暴力が出ても、その子を責める事は私は出来ません。

 

社会的養護を考えた時、問題点、課題は山積です。

きっと現場の方々も問題意識を持っている方なら百も承知なのです。

私のような中途半端に休職せざるを得ない今の立場から偉そうな事を言ってます。

でも社会的養護は急速に変化すべきです。ここ20年、私が児童福祉を独学で勉強し出してから、変わったことは少なすぎます。良い意味での進歩がありません。

 

日本の将来を担う大人になって行く未来ある子ども達。

日本の財産のはずです。

それが国にとって後回しになっていること。

社会の偏見の目がまだまだあること。

これは、他人事ではないこと。

 

自分だったらどうか、考えて欲しい。

 

子育て中のお母さん、大変な思いをしている人もたくさんいます。

貧困家庭、母子家庭、父子家庭・・・

 

私は今、いろんなことを考え過ぎて、自分に何が出来るか定まらない。

保育士の免許を取って、一時保護所の職員に、とも考えています。

市区町村でも違うかもしれませんが、1年契約で募集があります。

あと1科目残すところまで来ています。

児童家庭センターの相談員も可能性としてはあります。

 

仕事にならなくても良いのです。

困った人が今も私に相談して来られます。

その都度、足りない知識を補ないながら、私も学ばせてもらいながら、

お返事させてもらいます。

これは何も社会的養護に限った事ではないでしょう。

世の中で困っている人、人の支援が必要が人、孤独に陥ってどうにもならない人。

色んな人が居るでしょう。

元気な時は私たちはそれに気付きません。人は愚かな生き物です。

自分が、奈落の底に落ちた時、そこに気付くのです。

 

 

どうか、社会全体の問題として、一人一人がこの

親と暮らせない子ども達が居ると言うことに目を向けて下さったら・・・。

施設退所後の受け入れ方も違うと思うのです。

そして、周りにいる人の事、他人事と思わないで、関わって欲しい。

 

みんなで、守って行きたいのです。

未来の子供達を。そして大人の人も・・・辛い思いをしている人は沢山居るはずです。

 

 

 参考

miporin0517.hatenablog.com

 

 

 

 

 

【元資料厚生労働相『新しい社会的養護ビジョン(7/31案)】に目を通して思ったこと。

【元資料厚生労働相『新しい社会的養護ビジョン(7/31案)】 

 

児童相談所を子どもの権利保障の拠点にするには、高い専門性を備えた人材の量的、質的確保が必須である。

 

児童相談所の専門的人材育成や確保は急務。

 

 

一時保護の在り方

一時保護から養育者の元に帰る子どもにとって一時保護された場所が家庭生活で虐待などの問題が再発した場合には助けを求める対象となるよう子どもが信頼感を持つことができるようなケアを提供できなくてはならない。

 

→現在の一時保護所の実態とはかけ離れた理想。具体的にどのように変えて行くのか。かなりの改善が必要となる。

 

 

一時保護里親の創設

養育里親とは異なる専門性が求められ、原籍校への通学が望ましいため、できる限り校区単位に一時保護里親が登録されていることが望ましい。

 

→最後の2行、理想は高いけど非現実的に思える。数の確保が難しい。

 

 

児童福祉施設内においても、研修体制を整える必要がある。個人育成シートを作成し、施設長等と個別の育成面談を行い各自の目標を設定する。

 

まさに私が思っていた事。

その前段階の面談の必要性の記事を今朝書いたところ。

miporin0517.hatenablog.com

 

こんなものはね、当たり前のことなんです。

福祉業界は何で今までこれをやらなかった?

 

 

全てざっと目を通して思った事。

 

目指すべき理想の方向はかなり緻密に書かれていて、現実化するにはかなり難しい点も多そうだけど、ヒントにはなる。

専門的な人材をどれだけ確保できるのか、薄給で…。

優秀な人材が求められる。

まず必要なのは、国の予算と社会的認知。

社会的養護についてあまり知らない人が多い中での実現は難しい。

国を挙げての更なる社会への働きかけによる世間一般での問題意識の向上、

地域、社会全体で支えて行く国にならなければ、一部の関係者だけでは実現出来ない。

 

 

 

 

 

児童養護施設の児童指導員になって2ヶ月で思う事。〜職員定着率の低さについて〜

Twitterを見ていると、施設で暮らす高校生は口々に言う。

「信頼していた職員が退職した。」

「担当職員が何度も変わる。」

これがどういう事を意味するのかという事を

当事者ではない大人達はどう捉えているのか。

 

施設職員になる前、このような高校生達の嘆きを見るにつけ、

「辞めない職員になりたい。ならなくては。」と思った。

親と離れて暮らす子ども達にとって、職員は親ではないにしても、

子どもによっては親と同等の存在として、必要な重要な立場。

親への喪失感、親に捨てられた思いでいる子も居るだろう。

そのような子ども達にとって、職員の退職は、また捨てられた、置いて行かれた思いを繰り返す。

大人をなかなか信じられない中、やっと理解者を得られたと思っていたのに、

また離れ離れにならないといけないのか。

子ども達は再び同じような喪失体験をし、心のケアもまた一からとなる。

親ではない誰かとの愛着関係は、そう簡単に築かれるものではない。

そんな事があると、新しい職員に出会っても、どうせまた辞めるのだろう、と

子ども達は心を開かなくなって行く。

職員に期待するだけ無駄だ。また捨てられる。

もう傷付きたくないから信じない。となる。

子ども達が、職員が退職する事を嘆くのは、その職員の事を受け入れていたからだ。

必要としていたからだ。自分にとって必要のない職員だったら、辞めてもせいせいする位のものだろう。

 

そんな貴重な素質の職員が何故、短い期間で辞めて行ってしまうのか。

それには様々な要素があるだろう。

その中には、どうしようもない事もある。

特に若い職員の場合(殆どがそうだろうけれど)結婚、出産もあるだろう。

その人自身の人生、子育てもまた大切な出来事だ。

燃え尽きて、一旦職場を離れたい、と思う人も居るだろう。

 

児童養護施設の職員は、相談相手を持ちにくい。

世の中一般的には仕事の愚痴やら悩みやら上司の事など悩んだ時は、社内外問わず相談したりお酒を飲んだりして発散解決出来たりする。

施設職員の悩みは独特で、目の前に対峙する問題は大変ディープで、外の世界の人に理解を得られないばかりか、プライバシーに関わる事が多いから、外部の人に話せない事の方が多く、また、外部の人に児童養護施設の印象を悪く見せる可能性もある為なかなか話せない。

職場内に於いても同僚も少なく、皆余裕がない。

辞めて行く職員は1人で考えて決めてしまう。行き詰まってしまうのではないかと思う。とても狭い世界なのだ。

 

私は職員になってたった2ヶ月で、一度辞めたくなる程の行き詰まりがあった。

最初は笑顔で受け入れてくれた子ども達も、その内少し慣れて来ると試し行動が始まるし、信頼関係を積み重ねるにも先が見えない程の努力が必要になる。

今までの常識ややり方は全く通用しない。

何故そうなるのか、伝わらないもどかしさと伝えにくいもどかしさ、自分の無力感にさいなまれ、容赦ない子ども達の言動に、精神が追い詰められる。

それでも、一番辛い思いをしているのは子ども達だから、と職員は自分の心の病みに蓋をする。

 

長年憧れて就いた職場だったけれど、もう辞めてしまいたいかもしれない、私はこの業界に向いてなかったのかもしれない。

このままでは自分の生活もままならないと思った時、私は主任に相談した。

そしてこの問題は、私だけじゃないんだと知った。

他の職員がみんなそうして手探りで模索しながら過ごしている事は、

現場の他の職員と話す時もそれを感じていた。みんな孤独に頑張っている。

一見子ども達と上手くいってる職員も、試行錯誤しながら必死なのだ。

その人の資質の差もあるだろう。けれど、それだけでは説明しきれない何かがある。

ふと気付いたらボロボロで、退職がよぎってしまう。

私はここで何をやっているんだ。と・・・。

子ども達の支援、と言う原点から遠ざかってしまうのだ。

タフで言葉は悪いが図太い人、あまり気にしないで居られる人が生き残る世界。

志の高い人、この仕事に深い思いのある人に限って退職してしまうのはもったいない。

繊細で人の気持ちを常に読んでしまう人は、続かない。

でもそのような人こそ子ども達の心にアンテナが向けられる。

この職場には両方の資質の人が必要なのかもしれない。

 

 

私は、職員のリーダーとなる立場の方には、職員一人一人と向き合う時間、話す時間を月に一度30分でも良いから定期的に設けて欲しいと思う。

職員はそれだけで救われる。話す事で救われる事もある。

もしそれが逆効果になるなら、その人はリーダーにはふさわしくないのだと思う。

リーダーは職員一人一人を見て欲しい。

子ども達の支援に目が向きがちだけれど、職員育成も必要な仕事だ。

辞めない仕組みを作る努力をしなければ、社会的養護の現場の環境は変わらない。

実際はそのような余裕はないのかもしれないけれど、変える努力をしなければ始まらない。

職員の為だけではない。子ども達の「最善の利益」が脅かされる事を防ぐ為だ。

 

現状は、若い職員の平均就労年数は3年程で、なかなか経験を積んだ職員が少ない。

若い職員は、見本となる職員に出会う事も少ない。

一人でユニットに入る事も多いので、一人で悩みもがく事も多い。

 

この仕事は、5年続けても10年続けても答えはない。

根気の要る職業だ。だからこそ、それを続けて来た先輩方に話を聞いてもらうのは、

本当に続けて行く活力になると思う。

ただでさえモチベーションが下がるような事例が多い職場だからこそ、職員間の意思疎通が必要になり支えになる。

 

これは、児童指導員になって若干2ヶ月のおばさんが偉そうだけれど思った事。

 

前の記事

miporin0517.hatenablog.com

でもあった「Out of the box=箱の外から物事を見ること、すなわち客観的で独創的な視点を持つこと。施設の外の人間だからこそ得られる視点。」

に少しだけ足を踏み入れた私から見た職員の現場から感じたこと。

 

 

既に実践されている児童養護施設も少なくはないかもしれないが、

全国レベルでの職員の定着率の低さは変わっていないので、

敢えて、記事を書かせて頂きました。

 

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

 

 

児童養護施設など社会的養護のもとで暮らす高校生へ。「大学進学を最初から諦めないで!」〜大学等進学の奨学金について

Twitterで多く目にする高校生のメッセージ。

将来は大学進学は無理、就職しかない、大学なんて行けない。

奨学金を取るのは難しい。返すのも難しい。選択肢は就職しかない。

 

多くの高校生が大学進学を考える事なく、諦めています。

モチベーションの問題もあるでしょう。

けれど、多くは、経済的な理由。

施設を退所して、自分で生活を成り立たせないといけないのに、大学に行くお金なんてない。

アルバイトと学業との両立なんて自信がない。

施設から大学に行った先輩を数人知ってるけど、みんな中退してる。

それなら就職する方がいい。

 

本当にそうでしょうか?

 

大学に行きたいけれど、どうせ無理でしょ?と

夢も希望も見れないで居る女の子に出逢い、私は調べました。

そして、実は給付型(返済しなくても良い奨学金で、採用基準が高くない、概ね申請すればもらえる社会的養護における奨学金が多くある事を知ったのです。

 

この記事は、その奨学金の紹介です。

5月19日に東京都内で行われた自立支援コーディネーター委員会主催の学習会に参加させて頂きました。

以下、参考になさって下さい。

そして、是非、あなたの暮らす施設の職員さんに相談してみて下さい。

多くの職員さんは、「両立は難しいよ。」と言われるかもしれません。

でもこれらの奨学金を併用して活用すれば、自己負担は軽くなります。

尚、以下のものは全て、全国で受給出来る奨学金です。

 

 

児童養護施設などの大学等進学の為の奨学金

 

受給可能性が高いもの(返済義務のない給付制度)

 

大学進学等自立生活支度費(国による補助)

<実施者>各都道府県及び指定都市

<給付内容>支度費   81,260円(2016年度)

      特別基準分 194,930円

      計     276,190円<対象>

・支度費は、措置解除後、大学等や各種学校に修学する者

・特別基準分は、上記に加え、保護者がいないか、いても適切な養育ができず、経済的援助が見込めない児童について施設長、里親、児童相談所長の意見に基づき、各都道府県及び指定都市が要否を判断。

<備考>

・生活諸経費等に対する一時金的補助であり、基本的に他の奨学金受給を妨げる性質のものではない。

 

雨宮児童福祉財団修学助成(全国)

<実施者>財団法人 雨宮児童福祉財団

<助成内容>入学金実費分

<対象>全国の児童福祉施設に入所している児童及び里親のもとにいる児童で、高校卒業後進学を希望し、大学等や専門学校に合格した者の内、他の機関から返済義務のない入学金の助成を受けていない者。

 

JX児童養護施設・母子生活支援施設奨学助成(全国)

<実施者>社会福祉法人 全校社会福祉協議会

<助成内容>新入学時に10万円を助成。他の奨学金との併給可。

<対象>高校卒業後、大学等や専門学校等に進学を予定している児童で、全国の児童養護施設および母子生活支援施設、里親家庭に入所している児童、及び退所した児童。

 

4.日本学生支援機構奨学金(全国)

  →進学後、学校を通じて申し込む

   4万円/月 入学時給付金24万円が一度支給される。

 

5.アトム基金 進級応援助成制度(全国)

 <実施者>全国児童養護施設協議会

 <助成内容>進級時に3万円を助成

 <対象>下記①〜③の全てを満たす者

 ①児童養護施設に入所していた児童で、高等学校卒業後、大学・短期大学・専門学校等に進学し、その後、当該進学先の2年時以上に進級した(する)者(措置継続により入所中の者も対象)

 ②過去にアトム基金進級応援助成を受けていない者

 ③入所していた児童養護施設と連絡をとることが可能な者で、児童養護施設を通して助成金を受け取ることが可能な者

 

 

その他、都道府県が行っている奨学金制度もあります。

児童養護施設出身者のための奨学金助成実施大学も全国にあります。

 

 

また、下記のように貸付制度でありながら、返済が免除になるケースもあります。

 

受給可能性が高いもの(貸付制度→返済義務あり)

 

厚労省児童養護施設退所者に対する自立支援資金貸付事業)(全国)

 ①生活支援費→5万円/月

 ②家賃支援費→一ヶ月の家賃相当額(管理費および共益費を含む)     

 ③資格取得支援費→25万円を上限とした費用の実費

 いずれも貸付制度のため、返済義務があるが、

 ①および②は、5年間の就業継続、③は2年間の就業継続で変換が免除となる。

 <対象>

児童養護施設等を退所した者または里親等の委託を解除された者のうち、保護者等からの経済的な支援が見込まれない者で、大学等に在籍する者

②上記進学者の他、就職している者

③入所児童等で、就職に必要となる資格の取得を希望する者。施設等退所後4年以内で大学等に在籍する者を含む。

都道府県の児童養護施設担当課にお問い合わせ下さい。

 

 

以上の奨学金で賄えない部分は、アルバイトをしたり、下記の奨学金等を活用します。

 

2.日本学生支援機構奨学金(全国)

<実施者>独立行政法人 日本学生支援機構

<貸付内容>

・第1種奨学金(無利息) 月額45,000円〜64,000円

   返済機関限度 10~14年

   それぞれ進学する学校種別、自宅通学か否かで異なる。

・第二種奨学金(利息付) 月額30,000円〜100,000円(選択)

   利息は年利3%を上限に変動(在学中は無利息)

<備考>入学後の申し込みは入学した学校の奨学金窓口に申し出る。

 

 

 

 

ここでご紹介した奨学金は、あくまでも受給可能性が高いもののみですので、

奨学金制度としては給付型、貸付型ともに他にもたくさん、種類があるのです。

一人一人に合った大学進学への経済的なシミュレーションは、簡単なものではないかもしれません。しかし、これらの奨学金制度があるのを知らずに、選択の余地をなくすのはもったいないです。

 

但し、大学進学が全てではなく、答えは一人一人にあるもので、誰かを否定したりするものではないです。

それぞれの縁があり、それぞれの時代、世界を生きてると思っています。

私は機会均等、格差是正を唱えたい。それは私の今感じてる個人的な想いです。

一般的な大学進学率は76.8%、児童養護施設等からの進学率は22.6%(2013年)

その格差もしかり、施設間格差もしかり。

未来は自分で作るもの。その選択肢を狭めて欲しくはないのです。

そして、社会的養護における奨学金を多くの人が使う事で、需要がそれだけあるという事を社会に広めて、社会的養護に対する理解を求めていきたい、と思います。

 

施設出身者が、退所後大人になっても、更に更に生きやすい世の中へ。

どんな形であれ(大学進学でも高校卒業後就職でも)長く続けられる仕事に就く事が出来たなら・・・退所後の長い人生に光が差すと思うのです。

人生は、施設で暮らしている期間よりも退所してからの方がもっともっと長いのです。

だから難しいかもしれないけれど、高校生の年代は、その後の人生を考えるとても大事な時期だと思っています。

 

 

施設在籍者、出身者の皆さんを応援しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

『働きながら、社会を変える。』『ルポ児童相談所〜一時保護所から考える子ども支援』〜慎泰俊さんの書籍より(私が考える大学進学)

 『ルポ児童相談所〜一時保護所から考える子ども支援』を書かれた慎泰俊さん

  

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この本を読んだ時は衝撃だった。

児童相談所に併設される一時保護所の実態に目を疑った。

今回はその詳細についてここに書くつもりはないが、慎さんの一時保護所へのルポによる問題提起、提言は、大いに私の問題意識に火をつけた。

 

虐待などで保護された子どもがその場所(一時保護所)で、更に過酷な恐ろしい目に合ってはならない。傷に傷を重ねるような事があってはならない。不安にさらされ、逃げ出したくなるような場所であってはならない。ここは、保護所なのに。

 

慎さんのご活躍に注目していた所、ふと次の書物が目に入り、今読み進めている

 

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「Out of the box=箱の外から物事を見ること、すなわち客観的で独創的な視点を持つこと。施設の外の人間だからこそ得られる視点。」(本文より)

 

いつか私が内部の人間になる前に知っておくべき事。

 

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大学進学率における施設間格差。

施設が真剣に取り組まなければ、奨学金の有無に関しても適正な情報集めがなされず、そこの子どもは進学を諦めたり、大学へ進学しても後に経済的に追い込まれ、学費を稼ぐ為に危ない道を選んでしまう事も。そう言う事がないように無事に大学を卒業する為にも利用出来る奨学金を知っておく必要がある。

施設に居る子ども達もこれを知らなければ、将来に安心感も持てない。志があっても経済的理由で大学進学を諦めてしまう。

でも、利用出来る給付型の奨学金は調べれば色々とあるはず。 

施設退所が近づいている高校生にも光が見えるはず。

その機会均等がこの日本の児童養護施設ではなされていない。

施設ごとに格差があってはならない。

もちろん、大学進学が全てではない。その子その子に応じた対応が必要。

しかし現状としてある、世間との格差の大きさも何とかしなければならない。

一般的な大学進学率は76.8%、児童養護施設等からの進学率は22.6%(2013年)

施設退所者の大学進学率が上がる事によって、世間の社会的養護への負の先入観を払拭するべきであって、その後の就職にも大きな影響がある。

家庭環境に恵まれなかった子どもの将来を社会全体で支えて行く必要がある。

 

 

 

社会的養護には、後回しにされている様々な問題がある。

国がこうして一つ一つ着目して、改善の方向へ向かいますように。

私は今日も、色々な問題点について、勉強して行きたい。

 

 

<参考>あくまでも参考であり、毎年変動があります。

 

児童養護施設などの大学等進学の為の奨学金

受給可能性が高いもの(返済義務のない給付制度)

 

⒈大学進学等自立生活支度費(国による補助)

<実施者>各都道府県及び指定都市

<給付内容>支度費   81,260円(2015年度)

      特別基準分 194,930円

      計     276,190円<対象>

・支度費は、措置解除後、大学等や各種学校に修学する者

・特別基準分は、上記に加え、保護者がいないか、いても適切な養育ができず、経済的援助が見込めない児童について施設長、里親、児童相談所長の意見に基づき、各都道府県及び指定都市が要否を判断。

<備考>

・生活諸経費等に対する一時金的補助であり、基本的に他の奨学金受給を妨げる性質のものではない。

 

⒉雨宮児童福祉財団修学助成(全国)

<実施者>財団法人 雨宮児童福祉財団

<助成内容>入学金実費分

<対象>全国の児童福祉施設に入所している児童及び里親のもとにいる児童で、高校卒業後進学を希望し、大学等や専門学校に合格した者の内、他の機関から返済義務のない入学金の助成を受けていない者。

 

⒊JX児童養護施設・母子生活支援施設奨学助成(全国)

<実施者>社会福祉法人 全校社会福祉協議会

<助成内容>新入学時に10万円を助成。他の奨学金との併給可。

<対象>高校卒業後、大学等や専門学校等に進学を予定している児童で、全国の児童養護施設および母子生活支援施設、里親家庭に入所している児童、及び退所した児童。

 

4.文部科学省が出しているもの

  →学校を通じて申し込む

   4万円/月 入学時給付金24万円が一度支給される。

 

 

受給可能性が高いもの(貸付制度→返済義務あり)

 

厚生労働省が出しているもの

   家賃補助→53,700円(東京都)

   生活費として、5万円/月

 いずれも貸付制度のため、返済義務があるが、

 大学卒業後5年間労働する事で返済が免除になる。

 但し、大学を卒業する事が必須となる。

 

2.日本学生支援機構奨学金(全国)

<実施者>独立行政法人 日本学生支援機構

<貸付内容>

・第1種奨学金(無利息) 月額45,000円〜64,000円

   返済機関限度 10~14年

   それぞれ進学する学校種別、自宅通学か否かで異なる。

・第二種奨学金(利息付) 月額30,000円〜100,000円(選択)

   利息は年利3%を上限に変動(在学中は無利息)

<備考>入学後の申し込みは入学した学校の奨学金窓口に申し出る。

 

3.児童養護施設退所者に対する自立支援資金貸付事業

<貸付内容>

①就職:家賃×2年 ②家賃・生活費5万×就学年 

③資格取得上限25万円(何れも返還免除あり)

<対象>

・現に大学等に在籍している者もしくは進学する者。

・資格取得は入所児童等および施設等退所後4年以内で大学等の在学者含む

 

 

「施設で育った子どもの自立支援」より〜話したくない事。触れて欲しくない事。でも避けられない事。

軽く人に聞かれたくない事があります。

それは私の場合、10歳の頃から今の今までずっとあるものです。

生い立ちの事。過去の事。家族の事。

それは、説明してもすぐには理解してもらえないような事だから。

そして、可哀相だと思われたり、驚かれたり、一瞬空気が曇るような事だから。

 

ある社会的養護の講習会で、早川悟司先生に出会って、私はとても共感と感動を覚え、すぐにこの本を購入しました。

随所にうんうんとうなづくシーンや、心にぐさっと刺さる部分があります。

早川先生は、清瀬市にある児童養護施設の施設長さんです。

高橋亜美さんは、アフターケア相談所ゆずりはの所長さんです。

高橋さんの書かれた部分にも、強く共感する部分があり、共に尊敬するお二人です。

 

 

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その中の「1 子どもたちの物語」の最初に、こんな一文を目にし、目頭が熱くなりました。

 

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人には、「話したくない事。触れて欲しくない事。」があります。

でも「避けられない事。」があります。

 

世の中には、様々な境遇で生きている人達が共存しています。

その生活の中で、皆が別々の経験をし、別々の生活をしています。

その中で出来上がった感情を、人は知る由もありません。

そんな中、何気ない質問が、人の心を深くえぐる事があります。

 

誰も意地悪で聞いている訳ではありません。

例えば誰かと誰かが出逢った時の自己紹介みたいなものです。

人と人がこれからより良い関係を築いて行こう、と言う前向きな気持ちが、

このような場面を引き出してしまう事があります。

 

それは不意に訪れます。

答えにくい事を聞かれた時、嘘をつこうかと思う事もあります。

そのまま黙って当たり障りのない本当ではない事を適当に言って、

その場をしのげば良い時もあるのかもしれません。

迷いながら本当の事を告げ、どんよりとした空気になり、相手にも申し訳ない気持ちになり、後悔したりもします。

本当の事を告げる時は、瞬時に覚悟します。明るくさらりと伝えるんだ、と。

それでも相手は、過剰反応します。それは相手にとっては、最大の配慮でも、更に私のメンタルに響きます。

 

大人になった今でも同じような事があり、新しい出会いの場面が苦手だったり面倒だったりします。

でもそれを避けていては、自分の世界は広がりません。

私はある時、私の事を誰も知らない土地に行ってみたいと思い、タイミング良く実行しました。当初はとても心地良く、何のストレスも感じなかった。

でも、ふいにまたそれはやって来ます。そして、長い間自分の中で、その時の気まづさが記憶として残ります。

でもそれを繰り返していると、もうそれは避けられない事として受け止める手段を考えます。

自分の方でそれを克服し、さらりと受け交わす事が出来れば、こっちのもんです。

そして、そんな自分でさえ、人に同じような思いをさせている事がないとは言えません。

何故なら、人の経験はその人のものでしかなく、人の気持ちは計り知れないからです。

大人になってそう思えるようになった私でも、それでもまだ触れて欲しくないと感じる気持ちは変わらない。自分から話したい人、に対して以外は。

それだけ私の中には、触れられなくない事があります。

秘密主義ではありません。あいにくそのような経験則が多いのです。

 

この本の中に書かれている当事者は、まだ高校を卒業したばかりの10代の子どもです。

社会に出て、まだ10代の子どもに世間は容赦なく親の事を聞きます。

世間は何故、親が居て当たり前、と言う視点なのでしょう。

あいにく今の世の中はまだまだ、10代でも親に頼れず、親に頼らず、一人で生きている若者も居るのだと言う事に、目を向けていません。

「無表情で僕が答えたら、察してほしい。もうそれ以上、聞かないでほしい。」

その気持ちが痛い程分かります。

 

 

「だれでも抱えている心の痛みの延長線上に、児童養護施設の子どもたちが抱えている心の問題がある。程度や具体的内容は違うとしても、心の問題の本質は同じもののはずだと僕は感じる。」(本文より)

 

私もそう思います。

子ども達の叫びの中に、自分と重なる気持ちを見つけるたびに。