** 私の生きる道 **

社会的養護を考える人です。社会に伝えたい事。

【元資料厚生労働相『新しい社会的養護ビジョン(7/31案)】に目を通して思ったこと。

【元資料厚生労働相『新しい社会的養護ビジョン(7/31案)】 

 

児童相談所を子どもの権利保障の拠点にするには、高い専門性を備えた人材の量的、質的確保が必須である。

 

児童相談所の専門的人材育成や確保は急務。

 

 

一時保護の在り方

一時保護から養育者の元に帰る子どもにとって一時保護された場所が家庭生活で虐待などの問題が再発した場合には助けを求める対象となるよう子どもが信頼感を持つことができるようなケアを提供できなくてはならない。

 

→現在の一時保護所の実態とはかけ離れた理想。具体的にどのように変えて行くのか。かなりの改善が必要となる。

 

 

一時保護里親の創設

養育里親とは異なる専門性が求められ、原籍校への通学が望ましいため、できる限り校区単位に一時保護里親が登録されていることが望ましい。

 

→最後の2行、理想は高いけど非現実的に思える。数の確保が難しい。

 

 

児童福祉施設内においても、研修体制を整える必要がある。個人育成シートを作成し、施設長等と個別の育成面談を行い各自の目標を設定する。

 

まさに私が思っていた事。

その前段階の面談の必要性の記事を今朝書いたところ。

miporin0517.hatenablog.com

 

こんなものはね、当たり前のことなんです。

福祉業界は何で今までこれをやらなかった?

 

 

全てざっと目を通して思った事。

 

目指すべき理想の方向はかなり緻密に書かれていて、現実化するにはかなり難しい点も多そうだけど、ヒントにはなる。

専門的な人材をどれだけ確保できるのか、薄給で…。

優秀な人材が求められる。

まず必要なのは、国の予算と社会的認知。

社会的養護についてあまり知らない人が多い中での実現は難しい。

国を挙げての更なる社会への働きかけによる世間一般での問題意識の向上、

地域、社会全体で支えて行く国にならなければ、一部の関係者だけでは実現出来ない。

 

 

 

 

 

児童養護施設の児童指導員になって2ヶ月で思う事。〜職員定着率の低さについて〜

Twitterを見ていると、施設で暮らす高校生は口々に言う。

「信頼していた職員が退職した。」

「担当職員が何度も変わる。」

これがどういう事を意味するのかという事を

当事者ではない大人達はどう捉えているのか。

 

施設職員になる前、このような高校生達の嘆きを見るにつけ、

「辞めない職員になりたい。ならなくては。」と思った。

親と離れて暮らす子ども達にとって、職員は親ではないにしても、

子どもによっては親と同等の存在として、必要な重要な立場。

親への喪失感、親に捨てられた思いでいる子も居るだろう。

そのような子ども達にとって、職員の退職は、また捨てられた、置いて行かれた思いを繰り返す。

大人をなかなか信じられない中、やっと理解者を得られたと思っていたのに、

また離れ離れにならないといけないのか。

子ども達は再び同じような喪失体験をし、心のケアもまた一からとなる。

親ではない誰かとの愛着関係は、そう簡単に築かれるものではない。

そんな事があると、新しい職員に出会っても、どうせまた辞めるのだろう、と

子ども達は心を開かなくなって行く。

職員に期待するだけ無駄だ。また捨てられる。

もう傷付きたくないから信じない。となる。

子ども達が、職員が退職する事を嘆くのは、その職員の事を受け入れていたからだ。

必要としていたからだ。自分にとって必要のない職員だったら、辞めてもせいせいする位のものだろう。

 

そんな貴重な素質の職員が何故、短い期間で辞めて行ってしまうのか。

それには様々な要素があるだろう。

その中には、どうしようもない事もある。

特に若い職員の場合(殆どがそうだろうけれど)結婚、出産もあるだろう。

その人自身の人生、子育てもまた大切な出来事だ。

燃え尽きて、一旦職場を離れたい、と思う人も居るだろう。

 

児童養護施設の職員は、相談相手を持ちにくい。

世の中一般的には仕事の愚痴やら悩みやら上司の事など悩んだ時は、社内外問わず相談したりお酒を飲んだりして発散解決出来たりする。

施設職員の悩みは独特で、目の前に対峙する問題は大変ディープで、外の世界の人に理解を得られないばかりか、プライバシーに関わる事が多いから、外部の人に話せない事の方が多く、また、外部の人に児童養護施設の印象を悪く見せる可能性もある為なかなか話せない。

職場内に於いても同僚も少なく、皆余裕がない。

辞めて行く職員は1人で考えて決めてしまう。行き詰まってしまうのではないかと思う。とても狭い世界なのだ。

 

私は職員になってたった2ヶ月で、一度辞めたくなる程の行き詰まりがあった。

最初は笑顔で受け入れてくれた子ども達も、その内少し慣れて来ると試し行動が始まるし、信頼関係を積み重ねるにも先が見えない程の努力が必要になる。

今までの常識ややり方は全く通用しない。

何故そうなるのか、伝わらないもどかしさと伝えにくいもどかしさ、自分の無力感にさいなまれ、容赦ない子ども達の言動に、精神が追い詰められる。

それでも、一番辛い思いをしているのは子ども達だから、と職員は自分の心の病みに蓋をする。

 

長年憧れて就いた職場だったけれど、もう辞めてしまいたいかもしれない、私はこの業界に向いてなかったのかもしれない。

このままでは自分の生活もままならないと思った時、私は主任に相談した。

そしてこの問題は、私だけじゃないんだと知った。

他の職員がみんなそうして手探りで模索しながら過ごしている事は、

現場の他の職員と話す時もそれを感じていた。みんな孤独に頑張っている。

一見子ども達と上手くいってる職員も、試行錯誤しながら必死なのだ。

その人の資質の差もあるだろう。けれど、それだけでは説明しきれない何かがある。

ふと気付いたらボロボロで、退職がよぎってしまう。

私はここで何をやっているんだ。と・・・。

子ども達の支援、と言う原点から遠ざかってしまうのだ。

タフで言葉は悪いが図太い人、あまり気にしないで居られる人が生き残る世界。

志の高い人、この仕事に深い思いのある人に限って退職してしまうのはもったいない。

繊細で人の気持ちを常に読んでしまう人は、続かない。

でもそのような人こそ子ども達の心にアンテナが向けられる。

この職場には両方の資質の人が必要なのかもしれない。

 

 

私は、職員のリーダーとなる立場の方には、職員一人一人と向き合う時間、話す時間を月に一度30分でも良いから定期的に設けて欲しいと思う。

職員はそれだけで救われる。話す事で救われる事もある。

もしそれが逆効果になるなら、その人はリーダーにはふさわしくないのだと思う。

リーダーは職員一人一人を見て欲しい。

子ども達の支援に目が向きがちだけれど、職員育成も必要な仕事だ。

辞めない仕組みを作る努力をしなければ、社会的養護の現場の環境は変わらない。

実際はそのような余裕はないのかもしれないけれど、変える努力をしなければ始まらない。

職員の為だけではない。子ども達の「最善の利益」が脅かされる事を防ぐ為だ。

 

現状は、若い職員の平均就労年数は3年程で、なかなか経験を積んだ職員が少ない。

若い職員は、見本となる職員に出会う事も少ない。

一人でユニットに入る事も多いので、一人で悩みもがく事も多い。

 

この仕事は、5年続けても10年続けても答えはない。

根気の要る職業だ。だからこそ、それを続けて来た先輩方に話を聞いてもらうのは、

本当に続けて行く活力になると思う。

ただでさえモチベーションが下がるような事例が多い職場だからこそ、職員間の意思疎通が必要になり支えになる。

 

これは、児童指導員になって若干2ヶ月のおばさんが偉そうだけれど思った事。

 

前の記事

miporin0517.hatenablog.com

でもあった「Out of the box=箱の外から物事を見ること、すなわち客観的で独創的な視点を持つこと。施設の外の人間だからこそ得られる視点。」

に少しだけ足を踏み入れた私から見た職員の現場から感じたこと。

 

 

既に実践されている児童養護施設も少なくはないかもしれないが、

全国レベルでの職員の定着率の低さは変わっていないので、

敢えて、記事を書かせて頂きました。

 

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

 

 

児童養護施設など社会的養護のもとで暮らす高校生へ。「大学進学を最初から諦めないで!」〜大学等進学の奨学金について

Twitterで多く目にする高校生のメッセージ。

将来は大学進学は無理、就職しかない、大学なんて行けない。

奨学金を取るのは難しい。返すのも難しい。選択肢は就職しかない。

 

多くの高校生が大学進学を考える事なく、諦めています。

モチベーションの問題もあるでしょう。

けれど、多くは、経済的な理由。

施設を退所して、自分で生活を成り立たせないといけないのに、大学に行くお金なんてない。

アルバイトと学業との両立なんて自信がない。

施設から大学に行った先輩を数人知ってるけど、みんな中退してる。

それなら就職する方がいい。

 

本当にそうでしょうか?

 

大学に行きたいけれど、どうせ無理でしょ?と

夢も希望も見れないで居る女の子に出逢い、私は調べました。

そして、実は給付型(返済しなくても良い奨学金で、採用基準が高くない、概ね申請すればもらえる社会的養護における奨学金が多くある事を知ったのです。

 

この記事は、その奨学金の紹介です。

5月19日に東京都内で行われた自立支援コーディネーター委員会主催の学習会に参加させて頂きました。

以下、参考になさって下さい。

そして、是非、あなたの暮らす施設の職員さんに相談してみて下さい。

多くの職員さんは、「両立は難しいよ。」と言われるかもしれません。

でもこれらの奨学金を併用して活用すれば、自己負担は軽くなります。

尚、以下のものは全て、全国で受給出来る奨学金です。

 

 

児童養護施設などの大学等進学の為の奨学金

 

受給可能性が高いもの(返済義務のない給付制度)

 

大学進学等自立生活支度費(国による補助)

<実施者>各都道府県及び指定都市

<給付内容>支度費   81,260円(2016年度)

      特別基準分 194,930円

      計     276,190円<対象>

・支度費は、措置解除後、大学等や各種学校に修学する者

・特別基準分は、上記に加え、保護者がいないか、いても適切な養育ができず、経済的援助が見込めない児童について施設長、里親、児童相談所長の意見に基づき、各都道府県及び指定都市が要否を判断。

<備考>

・生活諸経費等に対する一時金的補助であり、基本的に他の奨学金受給を妨げる性質のものではない。

 

雨宮児童福祉財団修学助成(全国)

<実施者>財団法人 雨宮児童福祉財団

<助成内容>入学金実費分

<対象>全国の児童福祉施設に入所している児童及び里親のもとにいる児童で、高校卒業後進学を希望し、大学等や専門学校に合格した者の内、他の機関から返済義務のない入学金の助成を受けていない者。

 

JX児童養護施設・母子生活支援施設奨学助成(全国)

<実施者>社会福祉法人 全校社会福祉協議会

<助成内容>新入学時に10万円を助成。他の奨学金との併給可。

<対象>高校卒業後、大学等や専門学校等に進学を予定している児童で、全国の児童養護施設および母子生活支援施設、里親家庭に入所している児童、及び退所した児童。

 

4.日本学生支援機構奨学金(全国)

  →進学後、学校を通じて申し込む

   4万円/月 入学時給付金24万円が一度支給される。

 

5.アトム基金 進級応援助成制度(全国)

 <実施者>全国児童養護施設協議会

 <助成内容>進級時に3万円を助成

 <対象>下記①〜③の全てを満たす者

 ①児童養護施設に入所していた児童で、高等学校卒業後、大学・短期大学・専門学校等に進学し、その後、当該進学先の2年時以上に進級した(する)者(措置継続により入所中の者も対象)

 ②過去にアトム基金進級応援助成を受けていない者

 ③入所していた児童養護施設と連絡をとることが可能な者で、児童養護施設を通して助成金を受け取ることが可能な者

 

 

その他、都道府県が行っている奨学金制度もあります。

児童養護施設出身者のための奨学金助成実施大学も全国にあります。

 

 

また、下記のように貸付制度でありながら、返済が免除になるケースもあります。

 

受給可能性が高いもの(貸付制度→返済義務あり)

 

厚労省児童養護施設退所者に対する自立支援資金貸付事業)(全国)

 ①生活支援費→5万円/月

 ②家賃支援費→一ヶ月の家賃相当額(管理費および共益費を含む)     

 ③資格取得支援費→25万円を上限とした費用の実費

 いずれも貸付制度のため、返済義務があるが、

 ①および②は、5年間の就業継続、③は2年間の就業継続で変換が免除となる。

 <対象>

児童養護施設等を退所した者または里親等の委託を解除された者のうち、保護者等からの経済的な支援が見込まれない者で、大学等に在籍する者

②上記進学者の他、就職している者

③入所児童等で、就職に必要となる資格の取得を希望する者。施設等退所後4年以内で大学等に在籍する者を含む。

都道府県の児童養護施設担当課にお問い合わせ下さい。

 

 

以上の奨学金で賄えない部分は、アルバイトをしたり、下記の奨学金等を活用します。

 

2.日本学生支援機構奨学金(全国)

<実施者>独立行政法人 日本学生支援機構

<貸付内容>

・第1種奨学金(無利息) 月額45,000円〜64,000円

   返済機関限度 10~14年

   それぞれ進学する学校種別、自宅通学か否かで異なる。

・第二種奨学金(利息付) 月額30,000円〜100,000円(選択)

   利息は年利3%を上限に変動(在学中は無利息)

<備考>入学後の申し込みは入学した学校の奨学金窓口に申し出る。

 

 

 

 

ここでご紹介した奨学金は、あくまでも受給可能性が高いもののみですので、

奨学金制度としては給付型、貸付型ともに他にもたくさん、種類があるのです。

一人一人に合った大学進学への経済的なシミュレーションは、簡単なものではないかもしれません。しかし、これらの奨学金制度があるのを知らずに、選択の余地をなくすのはもったいないです。

 

但し、大学進学が全てではなく、答えは一人一人にあるもので、誰かを否定したりするものではないです。

それぞれの縁があり、それぞれの時代、世界を生きてると思っています。

私は機会均等、格差是正を唱えたい。それは私の今感じてる個人的な想いです。

一般的な大学進学率は76.8%、児童養護施設等からの進学率は22.6%(2013年)

その格差もしかり、施設間格差もしかり。

未来は自分で作るもの。その選択肢を狭めて欲しくはないのです。

そして、社会的養護における奨学金を多くの人が使う事で、需要がそれだけあるという事を社会に広めて、社会的養護に対する理解を求めていきたい、と思います。

 

施設出身者が、退所後大人になっても、更に更に生きやすい世の中へ。

どんな形であれ(大学進学でも高校卒業後就職でも)長く続けられる仕事に就く事が出来たなら・・・退所後の長い人生に光が差すと思うのです。

人生は、施設で暮らしている期間よりも退所してからの方がもっともっと長いのです。

だから難しいかもしれないけれど、高校生の年代は、その後の人生を考えるとても大事な時期だと思っています。

 

 

施設在籍者、出身者の皆さんを応援しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

『働きながら、社会を変える。』『ルポ児童相談所〜一時保護所から考える子ども支援』〜慎泰俊さんの書籍より(私が考える大学進学)

 『ルポ児童相談所〜一時保護所から考える子ども支援』を書かれた慎泰俊さん

  

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この本を読んだ時は衝撃だった。

児童相談所に併設される一時保護所の実態に目を疑った。

今回はその詳細についてここに書くつもりはないが、慎さんの一時保護所へのルポによる問題提起、提言は、大いに私の問題意識に火をつけた。

 

虐待などで保護された子どもがその場所(一時保護所)で、更に過酷な恐ろしい目に合ってはならない。傷に傷を重ねるような事があってはならない。不安にさらされ、逃げ出したくなるような場所であってはならない。ここは、保護所なのに。

 

慎さんのご活躍に注目していた所、ふと次の書物が目に入り、今読み進めている

 

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「Out of the box=箱の外から物事を見ること、すなわち客観的で独創的な視点を持つこと。施設の外の人間だからこそ得られる視点。」(本文より)

 

いつか私が内部の人間になる前に知っておくべき事。

 

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大学進学率における施設間格差。

施設が真剣に取り組まなければ、奨学金の有無に関しても適正な情報集めがなされず、そこの子どもは進学を諦めたり、大学へ進学しても後に経済的に追い込まれ、学費を稼ぐ為に危ない道を選んでしまう事も。そう言う事がないように無事に大学を卒業する為にも利用出来る奨学金を知っておく必要がある。

施設に居る子ども達もこれを知らなければ、将来に安心感も持てない。志があっても経済的理由で大学進学を諦めてしまう。

でも、利用出来る給付型の奨学金は調べれば色々とあるはず。 

施設退所が近づいている高校生にも光が見えるはず。

その機会均等がこの日本の児童養護施設ではなされていない。

施設ごとに格差があってはならない。

もちろん、大学進学が全てではない。その子その子に応じた対応が必要。

しかし現状としてある、世間との格差の大きさも何とかしなければならない。

一般的な大学進学率は76.8%、児童養護施設等からの進学率は22.6%(2013年)

施設退所者の大学進学率が上がる事によって、世間の社会的養護への負の先入観を払拭するべきであって、その後の就職にも大きな影響がある。

家庭環境に恵まれなかった子どもの将来を社会全体で支えて行く必要がある。

 

 

 

社会的養護には、後回しにされている様々な問題がある。

国がこうして一つ一つ着目して、改善の方向へ向かいますように。

私は今日も、色々な問題点について、勉強して行きたい。

 

 

<参考>あくまでも参考であり、毎年変動があります。

 

児童養護施設などの大学等進学の為の奨学金

受給可能性が高いもの(返済義務のない給付制度)

 

⒈大学進学等自立生活支度費(国による補助)

<実施者>各都道府県及び指定都市

<給付内容>支度費   81,260円(2015年度)

      特別基準分 194,930円

      計     276,190円<対象>

・支度費は、措置解除後、大学等や各種学校に修学する者

・特別基準分は、上記に加え、保護者がいないか、いても適切な養育ができず、経済的援助が見込めない児童について施設長、里親、児童相談所長の意見に基づき、各都道府県及び指定都市が要否を判断。

<備考>

・生活諸経費等に対する一時金的補助であり、基本的に他の奨学金受給を妨げる性質のものではない。

 

⒉雨宮児童福祉財団修学助成(全国)

<実施者>財団法人 雨宮児童福祉財団

<助成内容>入学金実費分

<対象>全国の児童福祉施設に入所している児童及び里親のもとにいる児童で、高校卒業後進学を希望し、大学等や専門学校に合格した者の内、他の機関から返済義務のない入学金の助成を受けていない者。

 

⒊JX児童養護施設・母子生活支援施設奨学助成(全国)

<実施者>社会福祉法人 全校社会福祉協議会

<助成内容>新入学時に10万円を助成。他の奨学金との併給可。

<対象>高校卒業後、大学等や専門学校等に進学を予定している児童で、全国の児童養護施設および母子生活支援施設、里親家庭に入所している児童、及び退所した児童。

 

4.文部科学省が出しているもの

  →学校を通じて申し込む

   4万円/月 入学時給付金24万円が一度支給される。

 

 

受給可能性が高いもの(貸付制度→返済義務あり)

 

厚生労働省が出しているもの

   家賃補助→53,700円(東京都)

   生活費として、5万円/月

 いずれも貸付制度のため、返済義務があるが、

 大学卒業後5年間労働する事で返済が免除になる。

 但し、大学を卒業する事が必須となる。

 

2.日本学生支援機構奨学金(全国)

<実施者>独立行政法人 日本学生支援機構

<貸付内容>

・第1種奨学金(無利息) 月額45,000円〜64,000円

   返済機関限度 10~14年

   それぞれ進学する学校種別、自宅通学か否かで異なる。

・第二種奨学金(利息付) 月額30,000円〜100,000円(選択)

   利息は年利3%を上限に変動(在学中は無利息)

<備考>入学後の申し込みは入学した学校の奨学金窓口に申し出る。

 

3.児童養護施設退所者に対する自立支援資金貸付事業

<貸付内容>

①就職:家賃×2年 ②家賃・生活費5万×就学年 

③資格取得上限25万円(何れも返還免除あり)

<対象>

・現に大学等に在籍している者もしくは進学する者。

・資格取得は入所児童等および施設等退所後4年以内で大学等の在学者含む

 

 

「施設で育った子どもの自立支援」より〜話したくない事。触れて欲しくない事。でも避けられない事。

軽く人に聞かれたくない事があります。

それは私の場合、10歳の頃から今の今までずっとあるものです。

生い立ちの事。過去の事。家族の事。

それは、説明してもすぐには理解してもらえないような事だから。

そして、可哀相だと思われたり、驚かれたり、一瞬空気が曇るような事だから。

 

ある社会的養護の講習会で、早川悟司先生に出会って、私はとても共感と感動を覚え、すぐにこの本を購入しました。

随所にうんうんとうなづくシーンや、心にぐさっと刺さる部分があります。

早川先生は、清瀬市にある児童養護施設の施設長さんです。

高橋亜美さんは、アフターケア相談所ゆずりはの所長さんです。

高橋さんの書かれた部分にも、強く共感する部分があり、共に尊敬するお二人です。

 

 

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その中の「1 子どもたちの物語」の最初に、こんな一文を目にし、目頭が熱くなりました。

 

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人には、「話したくない事。触れて欲しくない事。」があります。

でも「避けられない事。」があります。

 

世の中には、様々な境遇で生きている人達が共存しています。

その生活の中で、皆が別々の経験をし、別々の生活をしています。

その中で出来上がった感情を、人は知る由もありません。

そんな中、何気ない質問が、人の心を深くえぐる事があります。

 

誰も意地悪で聞いている訳ではありません。

例えば誰かと誰かが出逢った時の自己紹介みたいなものです。

人と人がこれからより良い関係を築いて行こう、と言う前向きな気持ちが、

このような場面を引き出してしまう事があります。

 

それは不意に訪れます。

答えにくい事を聞かれた時、嘘をつこうかと思う事もあります。

そのまま黙って当たり障りのない本当ではない事を適当に言って、

その場をしのげば良い時もあるのかもしれません。

迷いながら本当の事を告げ、どんよりとした空気になり、相手にも申し訳ない気持ちになり、後悔したりもします。

本当の事を告げる時は、瞬時に覚悟します。明るくさらりと伝えるんだ、と。

それでも相手は、過剰反応します。それは相手にとっては、最大の配慮でも、更に私のメンタルに響きます。

 

大人になった今でも同じような事があり、新しい出会いの場面が苦手だったり面倒だったりします。

でもそれを避けていては、自分の世界は広がりません。

私はある時、私の事を誰も知らない土地に行ってみたいと思い、タイミング良く実行しました。当初はとても心地良く、何のストレスも感じなかった。

でも、ふいにまたそれはやって来ます。そして、長い間自分の中で、その時の気まづさが記憶として残ります。

でもそれを繰り返していると、もうそれは避けられない事として受け止める手段を考えます。

自分の方でそれを克服し、さらりと受け交わす事が出来れば、こっちのもんです。

そして、そんな自分でさえ、人に同じような思いをさせている事がないとは言えません。

何故なら、人の経験はその人のものでしかなく、人の気持ちは計り知れないからです。

大人になってそう思えるようになった私でも、それでもまだ触れて欲しくないと感じる気持ちは変わらない。自分から話したい人、に対して以外は。

それだけ私の中には、触れられなくない事があります。

秘密主義ではありません。あいにくそのような経験則が多いのです。

 

この本の中に書かれている当事者は、まだ高校を卒業したばかりの10代の子どもです。

社会に出て、まだ10代の子どもに世間は容赦なく親の事を聞きます。

世間は何故、親が居て当たり前、と言う視点なのでしょう。

あいにく今の世の中はまだまだ、10代でも親に頼れず、親に頼らず、一人で生きている若者も居るのだと言う事に、目を向けていません。

「無表情で僕が答えたら、察してほしい。もうそれ以上、聞かないでほしい。」

その気持ちが痛い程分かります。

 

 

「だれでも抱えている心の痛みの延長線上に、児童養護施設の子どもたちが抱えている心の問題がある。程度や具体的内容は違うとしても、心の問題の本質は同じもののはずだと僕は感じる。」(本文より)

 

私もそう思います。

子ども達の叫びの中に、自分と重なる気持ちを見つけるたびに。

 

 

 

 

 

 

社会的養護を考えていたら、自分の人生と向きあう事に繋がった。その先にあったもの〜愛着障害〜

 

社会的養護について考えていると、様々な事例に出会います。

様々な子ども達の叫びに出会います。

その一つ一つと向き合っていると、大きなキーワード愛着障害を避ける事が出来ない事が分かり、私は岡田尊司先生の書物を手にしました。

 

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愛着障害

最初、その言葉を聞いた時は、親の十分な愛情の元で育てられなかった為に起こる何か特別な世界のものだと思っていました。

どこか、自分とは関係のない世界のものだと。だから勉強をしなければ、と。

夢中でこれらの本を参考書のようにして読みました。

写真の右から順番に・・・そしてまだ今、更に一歩進んだ回避性愛着障害についての本(一番左)を読んでいる途中です。

ペンで線を引きながら・・・一字一句見逃さない集中力で時間をかけて。

すると・・・。

 

私自身にも当てはまる事象が次々と出て来たのです。

私は十分に愛されて育ったハズ、きっとそれは間違いはないのでしょうが、10歳で最愛の父を亡くし、その後母子家庭で育った私は、母との確執がなかったとは言えません。10歳以降私は、母に甘えたことがありません。恐らく指一本、触れたこともありません。

それなのに自己の創造において、母の存在が果てしなく大きく、いつも母に嫌われるのが怖くて、母親の顔色を伺って過ごしていたのです。

自分の人生の岐路においても、いつも母は何を望んでいるか、どの道なら母は納得するか、機嫌が良いか、が基準でした。

これは今思えばとても窮屈で、自分の人生を歩んでいたとは思えません。

以下、本文より

「困ったことがあると、すぐ人に相談したり、助けを求めたりする人。

逆にどんなに困っていても、なかなか人にそのことを打ち明けたり、ましてや援助を頼むということが言い出せない人。気軽に甘えたり、すぐ相手と親しくなれる人もいれば、何年顔を合わせていても、いっこうに距離が縮まらない人もいる。こうした行動の違いを生み出しているのも、愛着スタイルなのである。」

 この文章は、「愛着障害〜子ども時代をひきずる人々」の本の比較的最初の方に書かれていて、私は人に相談や援助を頼まない人だったので、あれ?もしかして私もある種(不安型、もしくは回避型)の愛着障害なのか?と自分に問い掛け、一気に引き込まれました。

また、「愛着障害の克服」の方ではこんな風に書かれています。

「親が決定権を持ちすぎたために、自分の気持ちや意思に従って行動することができない。自分の気持ちや意思が自分でもわからない。〜中略〜親には依存し、良い子であろうと周囲の顔色をうかがうなど・・・」

と書かれていて、まさに10代の私のようでした。

 

社会的養護における子ども達の「愛着障害」という観点について勉強しようと読み始めたこれらの本でしたが、大いに自分の人生と照らし合わせることで、今までの自分の人生の歩み、生きづらさ、などを振り返り、これからどうして行ったらいいかに至るまで、考えさせられたのでした。

そして、母からの自立をして始めて、自分の人生を歩んで行けるのだということに今更気づいたのでした。

私がこれをやれば、母はどう思うか?母に見放されないか?嫌われないか?

もうそんな事はどうでもよくなったのでした。

全ては母を悲しませない生き方を選んでいたからかもしれません。

でもそんな事を考えても幸せにはなれません。全く悲しませない生き方なんてないのです。

親不孝な娘と思われようと、期待外れだと思われようと、もう私は大丈夫だと言えます。今、私は、自分のプライドとポリシーの基に、一歩、歩き出せたからです。

 

私には少し、支配的に感じた母の存在。

それによって私は心を閉ざし、うまく生きるのが苦手になった。

悩みや苦しみを母に見せる事が出来なかった。受け入れてもらえないのはわかっていたから。見せると母は目を伏せた。あなた(私)を理解出来ないと嘆いた。

それに傷付く位なら、強がっていた方がいい。

 

私はきっといつまでも母にとって、やりづらい娘だったと思います。

母の期待通りの私になれなくて、自分が嫌になる時もありました。

でも私は母に対して愛情があるし、ずっと気にかけています。

母はそんな私の気持ちは知らないでしょうが、娘は(子どもは)お母さんがいつまでも好きなのです。

 

社会的養護を考えるのは、こんな子どもの微妙な心を察してしまうからかもしれません。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スウェーデンでの子育て問題と、日本での子育て問題の違う点について考えてみた。

今日はひょんな事から、友達のお知り合いのスウェーデン人の方と、鎌倉観光をしました。その時に彼女と話した事が忘れられず、ここに書き留めています。

スウェーデンは、男女の育児休暇取得率が共に8割と言う男女平等の進んだ国ですが、それでも子育てに関して問題があると聞きました。彼女は助産士さんで、子育てママの支援も考えられている方で、とても話が合いました。他国の文化や福祉を学ぶと、行き詰まった時にヒントを得られます。

最近、様々な中高生と関わる中で、日本の文化、特に母性の神聖化みたいな、母親=太陽のような存在でなければならない神話が、多くの子育てママを追い詰めていると感じていたところでした。

仕事を続ける事を選んで、産休明けで職場復帰するにも、日本では風当たりがキツく、色々な努力が必要。それに比べ、スウェーデンでは、お母さんもお父さんと同じだけ働く。育児休暇率が男女平等と言う事は、つまり労働時間も平等。と言う事は、子どもが両親と過ごす時間が圧倒的に少ないと言う事です。スウェーデンでの子育て問題はここにあると彼女は言ってました。
私は子育てを優先して労働を減らして、キャリアを積まない人生を選んだ。どちらが良いのでしょう。
その答えは、両親共に労働時間を減らす事。お父さんはオーバーワーク。家の手伝いも出来ないのではなく、二人が程々に働いてキャリアを積んで、二人で同じだけ子育てをする。
あくまでも理想です。でも彼女の考え方と私の考え方は一致しました。お母さんの気持ちが世界共通な印象を受けました。

経済の発展とは一体何でしょう。

虐待に走る理由は様々です。その中の一つに子育てストレス、孤独から来るもの。あるいは離婚率の上昇による貧困家庭の問題もありますが。家庭のバランスを崩すような労働条件はどうでしょう。夫婦の子育て意識の差による問題も大きいです。


専業主婦のお母さんの方が、仕事をしているお母さんより育児ストレスを感じていると言う調査結果。これは、1月の子育て支援員研修で知ったのですが、驚きました。私は基本、専業主婦だったからです。
子どもと接する時間も子育てに於いて、お互いの為に程々の距離が必要なのかもしれません。密着し過ぎるのも母親負担を増加させ危険。その延長線上に、娘を自分の所有物として扱い、虐待を虐待と言う認識もない。これ、普通に起こっている事で何も特別な事ではないです。
キャリアを積みながら、自分の人生を生きながら、子育てもして行く、そんな折り合いのつく点があれば良いのにな、と思いました。
私が、恵まれない子どもの為に働きたいので勉強しています。と言うと、何故日本は貧しくはないのに恵まれない子どもがいるのですか?と聞かれた事がとても心に残ります。

読んでくれた方ありがとうございます。