** 私の生きる道 **

社会的養護を考える人です。社会に伝えたい事。

「親の親権より子の人権」〜母性と子育てと子育て機能不全〜

ここのところもやもやしている。

きっとそんな人は多いだろう。

悲しすぎるニュースに

涙する人もよく目にする。

さすがに今回ばかりは、世間の人達も、

小さな家庭内で起きたこの事件を無視出来ないだろう。

 

結愛ちゃん・・・

すごく素敵な名前を付けてもらった。

産まれた時は誰かに抱っこされて守られて、

1歳を迎え、2歳を迎えて成長していた。

お母さんは、何らかの理由でシングルマザーになって、

新しいお父さんができた。

新しいお父さんとの間に、新しい命が産まれた。

そんな暮らしの中で、結愛ちゃんは、ふさわしい愛情を受けられず、亡くなった。

結愛ちゃんの手紙が見つかった事で、世間の注目を浴びた。

 

世間は、結愛ちゃんが可哀想だと

たった5歳でそんな文章が書けるのか?と。

いたたまれない、と。

当然な感情だろう。

親は非難される。

特に母親は、何で子どもを守れなかったのかと、私自身もそう感じてしまった。

でも捕まった時の母親の表情を見て、魂の抜け落ちた顔を見て、

社会背景に繋がる深い闇をまた感じた。

子連れ再婚は虐待に繋がると言う、単絡的な意見や偏見。

一つの要素ではあるけれど、問題となる点はそこではない。

幾つもの要素のそれぞれが折り重なって最悪の事件になってしまう。

 

今回私は、テレビの報道を見ていない。

適当なコメンテーターが適当な意見を好き勝手言うのが目に見えて、

苛立ちが倍になるからだ。

 

でも今朝ふと耳に入って来たのは、

「親の親権より子どもの人権」だった。

外国のコメンテーターの方だった。

 

確かに日本は親権を大事にし過ぎてる。

それは同時に親だけに責任を押し付けてる事にも繋がる。

国が、社会が子どもを守る観点が少ない。

 

そして、何でもかんでも母親の母性に頼り過ぎ。

母性の問題よりも能力の問題。

判断力、決断力、行動力、、、。

我が子を守るには、母性だけでは難しい。

 

母性が正常に機能するには、

それなりの社会背景や暮らしが必要。

全て社会に繋がっていて、社会全体の問題だと私は思ってる。

親だけを責める社会では、いつまでも良くならない。

 

 

結愛ちゃんは、一人ではない。

まさに今も、泣いている子どもが居る。

 

日本には問題、課題が多過ぎて、

どうしても社会的養護に関しては後回しになっていた。

子どもは選挙権がないから、

虐待される子には味方が居ないから、

支援団体が少ないから。

予算も少なくて、児童相談所機能もうまく成り立っていない。

 

でもこれからの日本を作って行くのは子ども達なのだから、

これから先このままでは、大変な事になる。

 

昨日、馴染みの新幹線の中で殺傷事件が起きた。

息子と同じ22歳の若者がした事。

辛い事がたくさんある人生なのかもしれない。

でも人を巻き込む心理とは何だろう。

大人が子どもを大事に育てないと、

こうして事件も数々起きてくる。

未来に希望が持てる社会にならないと、

被害者も加害者も不幸な人が出る。

 

幾つもの悲しみに包まれる日本であってはいけない。

 

他人事ではないのです。 

人を追い詰める安易な行動は慎んで、国民のひとりひとりがしっかり考えていかないといけない。

児童相談所にクレームの電話が鳴り続いているとか。

それが何のためになりますか?